2015年

3月

01日

仙台で。

佐藤忠良記念館の一室、薄いクリーム色の壁に映し出されたその人影に釘付けになった、とは言い過ぎかもしれないが、小さく息を呑んだのは確かだ。その人影は、壁から少し離れておかれた女性の座像、「帽子・夏」と題された有名な彫刻にやや斜めからライトがあたって現れたものだった。彼女は彫刻と同じようにつばの広い帽子をかぶって座っていた。夏の風に吹かれて、帽子をかぶって少しうつむいている女性。パンツの短めの裾に風がそよいでいるのが見える。裾からはみ出して、つま先立つ足から健康な歌が聞こえるようだ。影だけれど、その人は今にも動き出して、椅子から立ち上がり、いきいきとした声で何かを言うのではないか。今日、生きていることの肌に沁み込むような実感、不安と期待が入り交じる明日への眼差し。僕は本気でその影の彼女に名前を訊いてみたい衝動に駆られて壁に近寄っていった。

 影には肌があり、臭いがあり、鼓動があった。親しげな声をかけてくれることが分かっていながら、それが永久に訪れない時間の中で、「あなたは、、、」と声にならない声が胸の辺りで小さな渦になっていた。

 そんな「影」があるなどと、知っているはずもない。佐藤忠良記念館があることさえ、行ってみてはじめて知ったくらいだ。時間つぶしにふと立ち寄った宮城県美術館での邂逅だった。

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